エンドロールが終わるまで


俺の名前は「夫」
外資系の大手会社で営業部の課長を務めている40歳だ
淡い夢を見た結婚生活も35歳の時に3年間という短さで終了

その後は仕事一筋に生きて来たのだが、3年前に
趣味・食べ物・生き方など驚くほど価値観の合う
5歳年下の「幸子」という女性に出会ってからは
忘れていた「恋心」が胸の中で日に日に大きくなっていった

「古美術鑑賞」「B級グルメ巡り」などお互いの趣味も
共通してはいたが「リバイバル映画」鑑賞の好みまで
一緒だったのが特に嬉しかった
イングリッド・バーグマン主演の「カサブランカ」を
見に行く時には満面の笑みを浮かべていたのを覚えている

ただ俺の仕事は相変わらず忙しく
休みの日にも急に呼び出される事も珍しくはなかった
そのせいで丸一日デートを満喫する事が出来ない日もあり
映画の後は食事の予定だったある日、放映中にメール...
失礼は承知でエンドロール中に席を立った事もあった
いつも笑顔の幸子もその時はさすがに...

そして付き合い始めて1年ほど経った頃...
新たに進出すべく企画の中心に抜擢された俺は
新規海外支社の日本グループの代表として任命されたのだ
一度行くと多分2年ほどは帰国出来ない

二人で話し合った結果、お互いに「負担にならないよう」
そして「負担をかけないよう」にと別れる道を選んだ
その日は誕生日が近かったので「花のブローチ」をそっと渡し
楽しかった1年の日々に「さようなら」をした日になった

季節は巡り...

私は「幸子」彼氏いない歴二年の35歳である
浮いた噂のない私は、休日と言えば趣味の映画鑑賞を
毎週のように一人で楽しんでいる
実家の母は事ある度に縁談の話を振ってくるが
私にはそんな気はなく「仕事が楽しいので」と
適当にはぐらかしている

そんなある日、自宅でのんびりしている時メールの着信音が鳴った
「えっ!....」
夫からの二年ぶりの連絡だった
慌ててスマホを落としそうになるくらいビックリした
「久しぶり、近況はどうかな?」
そばに誰かがいたら胸の鼓動が聞こえるんじゃないかと
思うほど高鳴っていた
「今週末カサブランカ見に行かない?」と続いていた

いつしか涙がこぼれていた
二年ぶりの涙だった
ただ二年前の「哀しみ」の涙とは違っていた
「お帰りなさい、映画一緒に行きたいです」
震える指で短く返事を返した後はスマホを胸に強く抱きしめた
そう、まるで幼い少女がお気に入りのぬいぐるみを抱くように...


週末...
何も変わっていない夫は昔のままの笑顔でそこにいた
少し照れながら腕を組んで映画館に入る
チョッとだけ皮肉を込めて一言...
「エンドロールが終わるまで席を立たないでね!」
飲んでいたコーラを思わず吹き出しそうになった夫は
「大丈夫、大丈夫、大丈夫」
と何度も念を押すように笑った


銀幕に映るバーグマンは相変わらず奇麗だが
今日の彼女は一段と素敵に輝いていた...


その後二人は...その話はまた別の機会に...




「エンドロールが終わるまで」(YouTube)

           作詞 林 貞行
           作曲 幸吉

なんの気まぐれ 二年ぶり
誘いの電話 ロードショー
いつか貰った ブローチを
そっとバッグに 忍ばせて
エンドロールが 終わるまで
一人で席を 立たないで
流れる文字の きらめきが
なぜか涙で 潤むから

思い出すわね あの頃を
週末ごとの レイトショー
ラストシーンは 違っても
いつも心は バーグマン
エンドロールが 終わるまで
二人の時間(とき)は 消えないの
さよならなんて 忘れたわ
甘い台詞(せりふ)を もう一度

エンドロールが 終わるまで
一人で席を 立たないで
流れる文字の きらめきが
夢のかけらに 見えるから